30代新米ママに寄り添い支える【産後ドゥーラプラン】

プロフィール

板橋久美子の基本情報

  • 年齢:60歳
  • 出身/在住:宮城県
  • 経歴:元保育士(資格あり・39年勤務)
  • 趣味:散歩・茶道(裏千家)・スキューバダイビング・漫画(のだめカンタービレ)
  • 性格:「安心感がある」「気配りができる」「ちょっとお節介」と言われる(笑)

メッセージ

出産予定日を楽しみにされているママへ。
出産までの日を無事に過ごして赤ちゃんの誕生を心待ちにされていることでしょう。

 ところで、ママは病院や助産院を退院されてからの産褥期(産後6~8週)は、どう過ごされますか?この時期は特に出産で傷ついた身体の回復をさせるために体を横にして休養を取ることがとても大切。
 それと出産後はホルモンのバランスが崩れて、ちょっとしたことでイライラしたりなぜか涙がこぼれたり等、心が不安定になりやすいのです。ママにとって大変なこの産褥期に実家や義父母が仕事をしていたり、介護中であったりと身近な人からサポートがもらえない状況の方が増えています。

「自分が頑張るしかない!自分ならやれるはず!」と一人で頑張りすぎてしまうと、体の不調(発熱や腰痛、尿漏れや子宮脱)や産後鬱になることもあるんですよ。

 大変な時は誰かに助けてもらってほしいのです。
そんな時は、産後ドゥーラを頼ってください。日常的な家事だけでなく、産後の体の回復と赤ちゃんがおいしく飲めるおっぱいを作れるように体に優しい食事を作ります。赤ちゃんのお世話やママの不安な気持を受け止めて、じっくりお話を伺います。

ママがゆっくり休養して体の回復をしながら、赤ちゃんとゆったりかかわる時間をもてるようにお手伝いしていきます。ママの笑顔が家族の笑顔を作れるように。
ママはどうか、一人で頑張りすぎないでほしいのです。

今までの経歴・実績

1980年4月~2020年3月仙台市の公立保育所で、39年間保育士として勤務。0歳児から就学前の約700人近くの子どもたちや保護者の方と出会い、一緒に遊んだり子どもたちの成長をともに悩んだり喜びあってきました。
2010年12月~大塚真実さん主催の「ファシリテーター養成スクール」でファシリテーションを学び『相手のプラスを引き出すコミニュケーション』を仕事に活用しはじめる。
2014年8月娘の出産で産後ドウーラの存在を知り、退職後にやってみたいと考えるようになる。*起業に向けて、さまざまな資格取得を始める。
2018年10月★一般社団法人日本アッタチメント協会
・認定アタッチメント
・ベビーマッサージインストラクター
・育児セラピスト(2級)終了
2018年11月★わらべうたベビーマッサージ研究会
・認定わらべうた胎教マッサージインストラクター
2019年3月★一般社団法人 発達アソシエイト
・認定子ども発達アソシエイト
2019年9月退職して産後ドゥーラになることを決意する。
2020年3月末保育所を退職する。
2020年4月〜8月★一般社団法人ドゥーラ協会 産後ドウーラ養成講座で学び
・認定産後ドゥーラの資格を取得する。
2020年9月★一般財団法人 内面美容医学財団
・公認妊活マイスターBasic講座受講
・公認上級妊活マイスター講座受講
*妊活のことや産前産後のママや赤ちゃんの栄養について学ぶ
2020年11月新米ママのための心と体の「産後ケア」ゆったりを開業する。

好きなこと・夢中になっていること・これの大ファン!

趣味

50代になった頃、子どもたちも社会人や大学生になったのでなにか習い事をしたいと
学生時代クラブ活動で2年間茶道(裏千家)をしていたことを思い出し教室を探すと、
近くにとても雰囲気のある茶室でお稽古をしているところを見つけました。初めて伺ったときに、30年近くもたっていたのに袱紗のさばき方を覚えていて自分で驚きました。昔、興味のあったことをまた学べる楽しさを味わっています。でもじつは、季節の美味しい練り切りとお抹茶を頂くのも続けている大きな要因の一つです(笑)

過去に夢中になったこと

40代の時に家族で行った沖縄旅行で、西表島の海でシュノーケルをした時の海の青さと深さ、魚の群れの美しさにすっかり魅了されて「今度は海の中に入っみたい!」と。
思ったら後で後悔するのは嫌なので、すぐにダイビングショップでライセンスを取得して50代前半まで毎年1回ですが、山形の由良や三宅島、沖縄の海に潜ってました。海の中は驚くぐらい静かでいつも賑やかなところで仕事をしているので、その静かさの中にいることや間近で見る魚たちに癒されていました。

好きなこと

仕事がひと段落したときに、いっぺんに20冊近くのコミックを借りてきて夢中で読むのが好き。「ガラスの仮面」「ヒカルの碁」「のだめカンタビーレ」「スラムダンク」
最近だと「ブルーピリオド」「ハイキュー」そして「鬼滅の刃」。
ひたすら漫画の世界に没頭してワクワク・ドキドキしてストレス発散しています。

幼少期から学生時代の自分

実家は父母、妹弟と祖父母の7人家族でした。農家でしたが、農家だけでは生活が苦しかったので父は建設関係の仕事を兼業し、母は様々な内職と田んぼや畑のこと家のことと、休む暇もなく働く姿を見て育ち、『これからは女性も手に職を付けて(だいぶ古い言い方ですね )自立しないと!』と、高校生の時に保育士(昔は保母と言ってました)を目指すことに。その時の保育士養成学校の試験にピアノの課題があったので、それまで全くピアノをしたことがなかったのでピアノ教室に通うことになり、父と母は苦しい家計の中からその費用を出してもらったことは今でも感謝しています。私も子どもにはなるたけしたいことをさせたいと思ったのも父母の影響が大きいと思います。

高校生の時に一生懸命だったこと

ジュニア・リーダーという、地域の小学生のこども会に呼ばれて歌やゲームをして一緒に遊ぶボランティアをしていました。それまで恥ずかしがり屋で引っ込み思案なので、人前に出て話すのが苦手でしたが、小学生の前に立って歌のリードやゲームの説明をしなければならず、少しずつ慣れて出来るようになったことと小さい子ども達への興味が湧いて、保育士になるきっかけになりました。

自分の子育てで感じたこと・経験したこと

自分の子どもの子育てで「子どもは大人が思うようにはならない」ということを知るのでした。それまでは、自分で考えに沿って行動していくことが当たり前だったので「これをしょう」「そしてたら次はこれをして」と思っているのに目の前の赤ちゃんの我が子は「新生児って眠る時間が長いんだよね?」と思うほど眠る時間が短くて「どうして!?」と。

予定していたことが思うようにすすまず、あっという間に部屋に洗濯物が積み重なり物があちこちに散らばり「お手伝いさんがほしいーーー」と思ったことだけは覚えています(笑)後はよく思い出せないくらい育児家事に全力投球だったように思います。

そして、保育士をしていたので周りからの「保育士してるから赤ちゃん大丈夫だねー」という言葉を掛けられては「えーーー!待って!わからないよーー😭」と。25歳で出産するまではまだ0歳児クラスの担任の経験もなくどう関わったらいいか戸惑うことも多く不安も大きかったのです。今のようにネットで検索することもできなかったし、身近に聞くことが出来る人もいなかったので育児書をひたすら読んでいたなぁ…。最近ですが元同僚と話をしたときに「夜泣きで困っていた時に近所の方からアドバイスを貰って助けられたんだよ」という話を聞いて、話ができる人がいるってママ達の力になることを改めて感じました。

私が産後ドゥーラのことを知ったのは娘の出産が予定日よりも早くなり、休暇をお願いしていた日程を変更するのが難しくて「誰か娘のところに行って助けてくれる人はいないかしら?」と必死でネットを検索しました。その時に一般社団法人ドゥーラ協会を見つけて
産後のママを手伝う仕事がある事が分かりました。そして、自分も今までの保育士の経験をいかして一人で頑張るママのお手伝いをしたいと産後ドゥーラになりたいと考えるようになり定年前に退職して認定産後ドゥーラの資格を取得しました。。

0歳児のママは「ママ歴0」からのスタート!不安があって当然です。

寝不足でふらふらになりながらも頑張ちゃいますよね…。
でも、育児はスタートしたばかりです。これから始まる長い育児に向き合っていくにはママの身体の回復と傍に寄り添ってくれる「誰かの存在」が必要です。

産後ドゥーラはママの気持ちに寄り添いながら、日常的な家事や赤ちゃんのお世話やママの話し相手にもなります。ママがゆっくり体を休めながらゆったりと赤ちゃんと関われるようお手伝いをしていきます。

こんな人をサポートしたい!〜サービスに対する想い〜

  • 夫は仕事で忙しいから、私が責任を持って赤ちゃんのお世話をしなきゃ!
  • 両親も義理の両親も遠くに住んでいて、しかも仕事もしているから頼みづらい
  • 実母とでさえも関係性が良くなくて、頼みたくない…
  • 今まで仕事も家事も両立させてこれたから、育児もきっと一人で大丈夫!

こんな風に思っているあなたほど育児での問題を抱えやすい傾向にあります。頼れるあなたのお手伝いさんになりたいです。

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